アンコール・ワット


アンコール・ワットは、1113年から30年余りの年月をかけて、クメール王朝のスールヤヴァルマン2世が建造したヒンズー教寺院だ。ヒンズー教といえば、インドではシヴァ神が人気だが、アンコール・ワットはヴィシュヌ神に捧げられたもので、寺院であると同時に王の霊廟として計画されたものらしい。

霊廟という性格からか、アンコール・ワットは西面している。そのため、午前中は逆光になってしまうので、観光するなら午後といわれている。
もっとも、早朝は早朝で、寺院の背後から昇る太陽を見ようと観光客が押し寄せる。もっとも、ベストシーズンである年末年始の日の出は、ちょっと寺院からは離れているが(写真)。
カンボジア人すなわちクメール人にとって、アンコール・ワットは民族の誇りであり、かってインドネシア半島全域を支配した栄光の象徴でもあるようだ。国旗にも紙幣にもアンコールワットが描かれている。

インドネシア半島はインドと中国という2大文化圏に挟まれた場所だが、アンコール・ワットは中国の影響というものは感じられない。もっぱらインド、そしてインドネシアの影響が強いように思われる。

インドネシア半島の歴史をまとめると、まず、インドの影響が強い扶南という国が2世紀ころから栄えた。その後、5・6世紀ころから「真臘(シンロウ)」すなわちクメールが次第に勢力を伸ばし、7世紀後半にジャヤヴァルマン1世がカンボジアを統一する。
ジャヤヴァルマン1世の死後、一時、クメールは乱れ、8世紀後半にはインドネシアでボロブドゥールを築いたシャイレンドラ王朝が勢力を伸ばしたりしたが、802年にジャヤヴァルマン2世が再びカンボジアを統一し、889年にヤショヴァルマン1世がアンコールを王都とし、その後、12〜13世紀にはインドネシア半島のほぼ全域を支配するほど隆盛を極めた。アンコール・ワットが建造されたのは、アンコール王朝の黄金期である。日本でいえば、平安末期から鎌倉時代に当たる。
その後、14世紀ころからタイのアユタヤ朝の侵攻を受けて、徐々に衰退し、15世紀半ばには、ついにアンコールは放棄され、ジャングルの中に埋もれていくことになる。

17世紀に、この地を訪れた日本人は、ここを祇園精舎と信じたらしい。そう思い込むのも不思議ではない素晴らしい寺院だと思う。



アンコール遺跡群の観光拠点はシェムリアップという町だが、遺跡群の中でアンコール・ワットが一番、町に近い。

町のホテルを出て車で20分もすると、大きな池のようなところに出て、水の向こうにアンコール・ワットがかすんで見えてくる。

この池のようなものは、アンコール・ワットを取り囲む環濠。
幅が190mもあるという。
写真中央から左にかけて写っているのが、西塔門。3つの門があり、左右は象の門といわれる。


環濠の中、190mの参道を抜けると、ようやく西塔門。
この塔門を抜けると、美しいデバター(女神)達が出迎えてくれる。

これらのデバターは実在の女官をモデルにしたとかで、同じものは一つとしてないらしい。とても綺麗で、チャーミング(なおかつ、しっかりクメール人の顔立ち)。
ただ、アンコール・ワットのレリーフはどれも彫りが浅いので、写真に撮るのは大変。
左のデバターなんかは、すごく彫りが精緻で、なおかつ、可愛かったんだけど。




塔門を抜けると、ようやく寺院の全体像が見えてくる。

長い参道の両脇にはところどころにナーガが立ち上がっている。

正面から見ると、アンコールワットは中央祠堂の両脇に小さな塔が並んでいるように見えるが、実際は、ヴィシュヌ神を祀る高さ65mの中央祠堂を4つの堂塔が取り囲んでいるもので、これは須弥山の姿を模しているらしい。

この5つの堂塔を第1回廊・第2回廊と2つの回廊が取り囲んでいる。

参道はかなり長い。塔門から中央祠堂だけで350mあるという。
近づくにつれて、次第に大きくなる寺院の姿は感動的。

参道を進むと両脇に聖池がある。

おそらくアンコール・ワットの定番ポイントは、ここ。


参道から少し横にずれるので、寺院を斜めから見る形になる。中央祠堂を取り囲む4つの堂塔の姿もはっきりと見ることができるし、第一回廊の巨大さもよく分かる。

それにしても横に伸びる第一回廊と垂直する堂塔のバランスが絶妙。尖塔の形は蓮の蕾を表わしているともいわれる。



第一回廊は、見事なレリーフで有名だ。

入口から右に時計とは反対回りに、マハーバーラタ、スールヤヴァルマン2世の行軍図、天国と地獄、乳海攪拌、ヴィシュヌ神と阿修羅の戦い、クリシュナとバーナの戦い、神々と阿修羅の戦い、ラーマーヤナとレリーフが延々と続く。

ともかくレリーフが浅彫りで、なおかつ、大きいため、いいカメラといい腕がないと写すのは至難の業・・・。

乳海攪拌なんかは、実に見事なんだけど。
アプサラ(天女)の群舞とか、ほんとにきれいだ・・。

なんとか、わたしが上手く撮れたのは、ごく数枚。

このころはデジカメを持っていなかったんだが、素人にはデジカメの方が上手く撮れるんじゃないか、と思う。





第一回廊は外に出る事もできる。ちょっと覗いてみると面白い。
左は、第一回廊から参道部分を見たところ。獅子のお尻がかわいい(笑)。
右は、第一回廊の装飾レリーフとデバター。後ろには連子状窓。



第一回廊をレリーフを見ながら、ぐるりと一周すると、十字回廊と呼ばれる場所に出る。

十字回廊というのは、文字通り、十字に回廊があるのだが、ここには4つの沐浴場がある。
4つの沐浴場のために回廊がある、というほうが正しいのかもしれない。

右の写真の下の部分が沐浴場。
今は水がないけれど、元々は、ここに水がたたえられていたわけだ。

この沐浴場は、天空の聖池を表わしているともいわれるが、地面より高い建物の中に池を作るということは、技術的にも凄いことらしい。

連子状窓も見事。


ちなみに、有名な日本人の落書きも、この十字回廊にある。

17世紀に森本右近太夫一房が父の菩提を弔うために仏像を寄進したという内容。落書きでも、歴史的価値が出れば保存してもらえるものらしい。



十字回廊を進むと第二回廊に出る。

第二回廊の壁はデバター(女神)のレリーフで飾られている。

彼女達は顔も表情も、そして頭飾りやアクセサリーも、全て一体一体が違うので、ほんとうに見ていて飽きない。
全てモデルがいるということは・・・モデルになった彼女達は自分がアンコール・ワットのどこに彫られたかを知ることができたんだろうか。

アンコール・ワットには、いったい何体のデバターがいるのだろう。アプサラ(天女)と会わせると2000を越えるともいうけれど・・・。



第二回廊の内陣は、いよいよ、中央祠堂とそれをとりかこむ4つの祠堂をつなぐ第三回廊である。
第三回廊へは階段を登らないといけないのだが、この階段は怖い。マヤのピラミッド並みの急勾配で、なおかつ、一段一段の幅が非常に狭い。小柄な人の方が安心して登れるみたいだ。大柄な白人男性などは、真っ青になって登っている(実は、降りるときは、もっともっと怖い)。
しかし、怖い思いをしても、やはり、ここまで来たからには登らないと損だ。
左下は第三回廊から見た中央祠堂。
右下は第三回廊から見下ろす西参道・西塔門。
第三回廊内部にも、美しいデバターが多いので、ゆっくりと見て廻るのがおすすめ。



アンコール・ワットは遺跡好きのアンケートで、必ずと言っていいほどベスト3に入る遺跡だ。
わたしも、これまで行った遺跡の中で考えると、感動度という点で間違いなくベスト3に入る。また、もう一度行きたい遺跡ということから考えても、マチュピチュと首位を争うかな、と思う。実際、アンコール・ワットには何回も足を運ぶ人が多いそうだ。

この壮大でいて繊細なアンコール・ワットが世界遺産の中でもトップクラスの遺跡であることは間違いないと思う。



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