タハイ村

ハンガロア村の中心から歩いて10分ほどで行けるタハイ村。本によってはタハイ儀式村と書いてあることもある。

アメリカ人の考古学者ムロイ博士が復元した遺跡で、時代の異なる3つのアフがある。
イースター島で現在、唯一、目が入っているモアイがあるのはここ。
遺跡の裏手はイースター島博物館。


                                     アフ・バイ・ウリ

ハンガロア村から歩いてくると最初に出会うのが、このアフ・バイ・ウリ

初期のモアイということで、形はずんぐりむっくりしている。

顔も壊れてしまっているのが多いが、どちらかというと丸顔である。
モアイの顔や背丈が、それぞれ違うのは、やはりモデルがいたからか。


このアフの右手には海に続くスロープがある。



海に続くスロープについては、なんなのか、あんまり分かっていないみたいだ。
ムー大陸の話とかが好きな人にとっては、かってはスロープの先にも陸地があったのだ、イースター島はムー大陸の一部だったのだ、という話になるのだが、イースター島が海底火山の噴火でできた島であって、大陸の一部などではありえないことは今はもうはっきりしている。
だったら、このスロープは何なの?という話に戻ってしまうのだが・・。



ここは夕日の名所ということで、夕方になるとカメラを持った人たちで結構な賑わいになる。
私は一日しか行けなかったけど、夕暮れ時に空の変化する様は見飽きない。
旅日記の方にUPしなかった写真を2枚ほど・・。
イースター島は天気が目まぐるしく変わる場所で、夕日の写真なども、なかなか撮れるものではないのだそうだ。機会があったら、その機会を逃さないようにしないといけないみたい。




       アフ・タハイとアフ・コテリク

アフ・バイ・ウリから海へ続くスロープを挟んで、アフ・タハイ、アフ・コテリクがある。

アフ・タハイはかなり保存状態が悪いが、中期のモアイとのこと(本によっては、もっと古いモアイと書いてあるものもある)。


そして、写真右奥にあるのがアフ・コテリク。

プカオをかぶった後期のモアイ。

顔も面長だし、なにより現在のイースター島で唯一目が入っているモアイとして有名である。

かってはアフに立つモアイは全て目が入っていたそうだが、目が入ったモアイの迫力は凄い。



アフ・コテリクの前には石を丸く置いたサークル(パイーナ)がある。かっては、このサークルで儀式を行った。一説では、ここでモアイの目に魂を入れる儀式をしたといわれている。

モアイは部族の祖先などが神格化されたものとされているが、目が入ることでモアイは力を持ち、部族を守った。それゆえ、モアイ倒し戦争の際は、力を奪うために徹底的に目が破壊された。
モアイの目は白珊瑚と石でできている。アナケナ・ビーチで発見された目は黒目の部分にプカオと同じ赤色凝灰岩を使っているが、黒い色の石を使ったこともあったらしい。
目が入ったモアイは、正直、コワイ。
目が入るということで、こんなに人相が変わるのか・・・。凄い迫力だが、なんでも、朝、ここに来ると、目が朝日を浴びて光って、その迫力たるやすさまじいらいい。






タハイ儀式村にはモアイだけでなく、神官の住居跡や炉なども残っている。


この立派な石組みは、家かと思いきや、鶏小屋。

鶏が貴重品だったということなのか。

確かに入口も小さくて、人が住むには天井が低すぎるけど、かなり立派な石組みの建物だ。





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