シュナントゥニッチ遺跡・カルペチ遺跡

シュナントゥニッチ遺跡とカルペチ遺跡は、グアテマラ国境に近いベリーズのサンイグナシオの町のそばにあり、10キロと離れていない。マカル川という川が近くにあるので、農業に適していたのか、それとも交易に便利だったのか。

とはいえ、遺跡としての印象は、この2つはかなり違う。


シュナントゥニッチ遺跡


シュナントゥニッチとはマヤ語で「石の女」という意味。
紀元前2世紀ころの石碑が発見されており、そのころのティカルとの関係もうかがえるらしい。
栄えたのは、600〜850年ころのことで、グアテマラのナランホ族との交流を示す石碑・神殿がある。

遺跡入口付近に小さなビジターセンターがあり、そこに遺跡の復元模型があった。

中央右寄りに写っているのが、現在も一番見ごたえのあるエル・カステイヨと呼ばれるピラミッド。カ・ウィール王が建てたもの。

エル・カステイヨが面する右側の広場の周囲の建物は東西南北に配置され、それぞれ生(東)死(西)未来(南)知(北)の意味があるとか。
ちなみにエル・カステイヨは西側に位置し、東を向いている。

最も左側はナランホ族との交流を示す儀式を行った神殿とエリートの居住区とのこと。
この居住区と中央の神殿の間の広場は球戯場としても利用された。

エル・カステイヨを正面から見たところ。
高さ40m。

なかなか安定感のあるフォルム。

神殿の頂上部分の飾りも美しい。

ティカルの神殿は、正面から頂上近くの神殿まで、まっすぐに階段が続いていたけれど、ここは構造が違う。
正面の階段は真ん中くらいまでしか通じていない。

ピラミッドの構造が気になる・・・。

ということで、近くによって見ると、やはり階段を登ったところに柱もしくは壁のようなものが残っている。

残念ながら、現在、この階段を登ることはできないので確認はできないのだけれど、おそらく、階段の上には、いくつもの部屋を持つ建物が建っており、その後ろにピラミッドがあるという構造になっているのだろう。
基壇の上に、ピラミッドがあり、ピラミッドの前方に建物があったではないか。

どう見ても、ピラミッドの頂上部分に上る階段が正面にはない。

たぶん、修復はあらかた終わっていると思われるので、元からピラミッドの正面部分には上部に登るための階段はなかったのだろう。
このような構造のマヤのピラミッドは、わたしは見るのが初めてだ。マヤの建物では、あまり例がないのではないだろうか。

ガイドの説明だと、天体観測を行った建物だというけれど、確かに、普通の神殿ピラミッドとは違う気がする。




ピラミッドの横に回ると、観光客用に作られた階段があり、ちょうど、上の写真の階段を上がったあたりの高さまで横から登ることができる。

このあたりからピラミッドの横顔を見上げると、綺麗なレリーフが目に付く。

分かりにくいけれど、人がロープをつたって天から降りてきている姿、頭の取れた人物像、煙などが彫られている。
往時は、このようなレリーフがピラミッドを飾っていたのだろう。
ピラミッドの正面部分も、このようなレリーフで覆われていたのだろうか。


ピラミッドに登るには、更に、裏に回る必要がある。

とても分かりにくいのだけれど、実は後ろにじぐざぐに階段が残っていて、それを利用して登るようになっている。

このピラミッド、たぶん中に部屋があるのだと思う。
危険だということで、あまりうろうろできなかったのだけれど、上の写真からも内部に空洞があるのがわかるし。

登りつめたところは、3つの部分に分かれていて、その間を通って正面に出るという構造。

頂上から遺跡を見下ろすと、かなり多くの建造物が未修復ながら存在するのがわかる。

左の写真は、遺跡の中央部分を撮ったもの。
実際には、この左右に多くの未修復の建造物が幾つも並んでいる。思っていた以上に規模が大きい。
全てが修復されたら、かなり立派な遺跡なのでないか。


このエル・カステイヨは遺跡の一番西側に位置し、東側を向いている。
多くの建造物が周囲にあることを考えると、それらの建造物をも利用して太陽等の動きを観測したのではないか。

写真中央のピラミッドも神殿だと思う。
上記したように、西に位置するエル・カステイヨが死を意味するのに対し、この東に位置する建物は生を意味するとのことだったけれど、それならば、そのような意味を持つ祭事を行ったのか。



これは上の写真で言うと、一番奥、エル・カステイヨからは最も離れた場所にある神殿。
ナランホ族との友好を示す儀式を行った場所とのこと。


こちらのプラザの周囲はエリートの居住区だったらしく、プラザをとりまく形で建物の基壇が残っている。





この遺跡は、かなり見ごたえがある。特に、エル・カステイヨはなかなかのものだ。ナランホ族との交流を描いた石碑も保存されているし、綺麗に修復された球戯場なども周囲にはある。
未修復の建造物が多いのは残念だが、広々とした遺跡は気持ちがいい。かなり暑いが。



    カルペチ遺跡

カルペチ遺跡のカルペチとは「時を刻む場所」という意味。もっとも、ガイドによると、地元の人たちはカハルペチと発音するらしい。意味も、とがった草という意味だという。

この遺跡も、マカル川の側にあり、シュナントゥニッチ遺跡とは車で10分くらいの場所にある。
歴史も、紀元前250年ころからの長いものだそうだ。しかし、シュナントゥニッチ遺跡が高台にあるのに対し、こちらの遺跡は低い場所にある。発掘の結果、わかったことは、もともとは、もっと低い場所であったのを、マヤの人たちが洪水対策のために土を盛り、その上に築いた都市遺跡だということ。この遺跡も、600〜850年ころが最盛期であったらしい。

遺跡入口にあった遺跡案内図。

いくつものプラザがあり、そのプラザを囲む形に建物やピラミッドが建てられている。


実際には、歩いているうちに、どこをどう歩いているのかも分からなくなってしまう。

始めから迷路のようにしようと作られたものなのか、それとも長い歴史の中で何回も増築を繰り返す間に迷路のようになってしまったのか。




迷路のように感じるのは、ひとつには、この遺跡には木々が多いということもあるかもしれない。
シュナントゥニッチ遺跡が整備されているのに対し、この遺跡は林の中の建造物を見て回るという形になる。
薄暗さと、あまり特徴のない建物が続くことから、自分のいる場所がよく分からなくなってしまうのかもしれない。

写真は、遺跡を入ってすぐのプラザBの建造物。
建造物を横から見ると、マヤアーチが綺麗に残っている。


プラザBの建物を入っていくと、プラザAという区画に出る。
ここもプラザの周囲を建物が取り囲んでいるのだが、ジャングルの中ということもあり、なかなか全体像をつかみにくい。
神殿部分と居住区が合体した作りになっている。

このプラザAには小さい神殿ピラミッドがあり、そこからプラザAを見下ろして撮ったのが左の写真。

このピラミッドの地下からは墓も見つかっているそうだ。


遺跡の中は、高低さもある。

狭い階段を降りていくと、また、次のプラザが見えてくる。

左は、おそらくプラザF。

2階建ての建物が残っていて、保存状態もいいのだが、どちらかというとシンプルな作りである。






遺跡の中には、小規模ながら球戯場もある。

ただ、この球戯場も下の部分しか修復されておらず、上部はジャングルの木々が覆っている。

この遺跡、まだまだ修復されていないピラミッドとかも多そうだ。

他にも、マヤ式サウナではないかと思われる建物とか、オルメカの影響があるのではないかという基壇なども残っている。

カルペチ遺跡は、シュナントゥニッチ遺跡のような華やかさはない。大きなピラミッドが残っているわけでもないし、遺跡としては地味な印象を受ける。マヤアーチが至るところに残っているのは見ものかもしれないが。

隣接するビジターセンターには、この遺跡からの出土品が多数展示されており、香炉などなかなか面白いものも多い。

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