パサルガダエ

パサルガダエは世界最古の大帝国アケメネス朝ペルシャの最初の都である。アケメネス朝ペルシャの創始者キュロス大王が建設した都。
キュロス大王は紀元前550年にペルシャを治めていたメディア王国を倒して独立し、その後、新バビロニア王国を倒してオリエントを支配下に置いた。彼の息子は更にエジプトまでも支配化に置き、アケメネス朝ペルシャは西は小アジア・エジプトから東はインダス川までという広大な大帝国となった。
アケメネス朝ペルシャは、世界最初の官僚組織を持った帝国であり、後にギリシャをも征服しようとペルシャ戦争を起こし・・・とか、世界史の授業でやったなあ。

ということで、ここは有名なペルセポリスより古い都である。しかし、正直なところ、なんにもない・・・というのは言いすぎだが、それに近い。広大な原野が全て都の跡といわれても、なかなか往時の姿を想像するのも困難だ。

                                          キュロス大王の墓

左はキュロス大王の墓。

大帝国を築いた大王の墓にしては、シンプルな気がする。

キュロス大王は、施政者としても優れ、征服した民族に対しても寛大な統治を行った。
バビロンに捕囚されていたユダヤ人を解放したのも彼らしい。旧約聖書の世界である。
この墓が、これだけきちんとした形で残ったのも、キュロス大王に対する歴代の支配者の尊敬の念があるかららしい。アケメネス朝ペルシャを滅ぼしたアレキサンダー大王からして、その統治方法を見習ったとか。


      宮殿址


パサルガダエは広大な土地に、建築物が点在していて、バスで移動して見学する。
ともかく広い。

右はキュロス大王の墓の次に見学した宮殿址。

4枚の羽根を持ち、エジプト風の王冠を被った人物像が残っている。
頭に被った王冠は、ヤギの角に、3匹の魚だというのだけれど・・・・。

エジプトの影響もありそうな、それでいて、いかにもオリエント風ともいえそうな・・・不思議な人物像。


ガイドはキュロス大王だといっていたけれど、そうなのか。


この石の板は、かっては門であったとのこと。



次に訪れた宮殿址には、面白いレリーフがあった。

足元部分しか残っていないけれど、魚と人物の合体したような姿(右)と、牡牛と思われる姿(左)。

右の魚のような人物は、バビロニアのオアンネスだろうか。確か、バビロニアの神には、水から上がってきて人々に知識をもたらす魚のような体をした神がいたと思ったが。
いずれにせよ、バビロニア・メソポタミアの伝統を感じるが。







右は単なる石の板に見えるかもしれないが、
実は上の方に字が書いてある。


楔形文字に見えるが、ここにはエラム語とバビロニア語、それに古ペルシャ語で「我はアケメネス族のキュロス」と書いてあるらしい。



このように「アケメネス族のキュロス」とキュロス王の名前を彫ったものは、他にも何箇所か残っている。










これも少し離れたところにある宮殿址。

ここは王族の生活の場所だったらしく、水道施設(水路)などが残っている。

柱は石製だけれど、壁は日干し煉瓦で作られていたらしい。
水路で水をめぐらせ、庭園もあったというから、さすが王族、豪華な生活である。








                                     拝火教神殿跡(?)


左は、宮殿からは少し離れたところにある拝火教の神殿とも墓とも言われているもの。

かなり巨大である。

正面にでっぱりがあり、これが階段で、ここを登って拝火教の儀式をしたのではないか、というのが拝火教の神殿説の根拠らしい。


最近では、拝火教の神殿説も、少し揺らいできているらしいが、かといって墓だとしたら、キュロス大王の墓とは随分違う形だ。



結局は、なんだか分からないということらしいが、こんなに大きなものが何だか分からない、ということ自体が面白い気がする。





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