パルミラ

パルミラは、シリア砂漠のほぼ中央に位置するオアシス都市。もともと、パルミラとは「なつめやしに覆われた街」という意味だということだが、実際、今でも遺跡の周囲はなつめやしの緑で覆われている。

地中海とメソポタミアの中間地点のオアシス都市ということから、パルミラは古代から、東西貿易の拠点として栄えていたらしい。西のローマ帝国、東のササン朝ペルシャが争ったときには、ペルシャの軍隊をパルミラが撃退するなどして、ローマの属州として、東西の交易で巨大な富を獲得し、2世紀以降、パルミラは繁栄を極めた。


そのパルミラの運命を変えたのが、クレオパトラの血を引くといわれた美貌の女王ゼノビア。

領土を拡大し、ついには、ローマ帝国に反旗を翻した。
結局、272年にパルミラはローマ帝国に破れ、ゼノビアは金の鎖でつながれてローマまで連れて行かれ、この都市は破壊された。
ゼノビアはローまで処刑されたとも、有力者に嫁がされたともいわれるが、美貌の女王の都というだけでも、ロマンである。
右はアラブ砦からのパルミラ夕景。




   記念門


パルミラ遺跡の入口でもある記念門。

ハドリアヌス帝をたたえて建てられた門であるとのこと。

この記念門から、有名な列柱道路が、1・3K続く。

記念門の前を現在の道路が走っているが、その道路を挟んで、記念門の向かい側に巨大なベル神殿がある。


 
   ナボ神殿

記念門をくぐって少し進むと左手にナボ神殿がある。

残っているのは小さな建物だが、このナボ神というのはメソポタミアのマルドゥク神の息子にあたる神とのことで、神々の運命の書の保持者であったらしい。

ベル神殿といい、パルミラの人々はメソポタミアの神々を信仰していたということは興味深いと思う



    四面門

列柱道路を更に進むと、四面門に出る。

四面門とは、基壇の上に四本の柱が立つ建物で構成される門のこと。
かっては、この四面門で、道が十字路となっていた。

四面門はローマ遺跡ではよく見かけるが、ここの四面門の柱は、エジプトから運ばれた赤花崗岩でできていた。





   円形劇場・アゴラ・元老院議事堂

四面門の周囲は、かっての中心地だったと思われる。

円形劇場・アゴラ・元老院議事堂などが、上の写真の左手に固まっている。

円形劇場は、他の遺跡の劇場に比べるとやや小さい気がするが、今でもイベント会場として利用されている保存のいい建物

アゴラでは商取引が行われるとともに、宴会をしたり、祭壇に生贄を捧げたりもしていたらしい。壁際に石のベンチがある。


写真はアゴラの一部。







   列柱道路

列柱道路は、更に延々と続く。

柱から道路側に突き出した出っ張りがあるが、かって、ここには街の有力者や街の建設資金を出した人物の彫像が飾られていたらしい。

ある本によると列柱道路の柱は全部で375対あったということだ。
ということは375×2=750本?
有力者が競って寄進したらしい。



列柱道路を更に進むと、葬祭殿やディオクレティアヌス城砦などの場所に進む。

ここらへんの建物は、総じて破壊が進んでいるが、中には左の写真のような奇麗な建物も残っていたりする。

見所が多すぎて、名称のメモがないのだが。
ここらへんからは、遺跡の後ろのアラブ砦もよく見える。







       ベル神殿


ベル神殿は、パルミラの遺跡の南東部分にある。

祭っているベル神とは、メソポタミアの主神である豊穣神。バールベックのバール神と同じらしい。

この神殿は周囲を高い壁に囲まれ、中に入ると列柱、本殿、本殿の前の庭などからなっている。

本殿の前には生贄の動物を清めた場所、生贄を捧げた場所などが残っている。



この本殿の入口が右の写真

かなり巨大である。
入口の下に小さく人間がいるのだが・・・。

小さすぎてわからないかもしれない。それくらい巨大である。


現在は、この入口はそっけないが、この付近には沢山の美しいレリーフが刻まれた石が転がっている。





入口をくぐると、左右に右の写真のような神像を祭ったらしい部屋が2つ設けられている。

実は、ここには、20世紀初頭まではベドウィンが住み着いてしまっていたらしい。
確かに、雨風をしのぐにはいい場所である。

ただ、ベドウィンが火を使ってしまったため(生活をしていたなら仕方ないことだが)、中の装飾が汚れてしまっているのが残念。







右の写真は、入口から右手の部屋の天井の装飾。


非常に繊細で美しい模様が彫られている。











こちらは入口左手の部屋の天井の装飾


まず、写真の中央部分に円があり、その中に更に円が、中の円を囲むように6つに分割されているのがわかるだろうか。
この中心の円が主神ベルであり、周囲の6つは惑星らしい。うっすらと中央には人物のような姿が見える。

更に写真上部には翼を広げた鳥の姿と星のようなレリーフがある。





右は、本殿を出たところにごろごろしている石の一つ。

下の方には葡萄のレリーフ。

上の方には人物が刻まれている。

このような美しいレリーフのある石がいくつも転がっている。







本殿を裏から見たところ。

本殿の周囲をコリント式の柱が取り囲んでいたことがよくわかる。
柱の保存状態は後ろの方がいい。

本殿にたくさん穴のようなものがあいているが、もともとはここに金具が埋め込まれていたらしい。








本殿の裏手に、奇麗なレリーフが落ちていた。

中央に天使

天使の周囲に色々な果物が、びっしりと掘り込まれている。











本殿周囲の列柱のレリーフを撮ってみた。

結構、奇麗。














                                    墓の谷


パルミラのかっての市街地から少し離れたところに墓の谷といわれる場所がある。

パルミラの市民が作ったお墓である。

左はエラベール家の塔墓。
お墓といっても、塔のような形になっている。

実は、これはお墓のマンション。
この塔は4階建て。
各階に、いくつも棺がいれられるようになっているのである。
300人も葬ることができる構造になっている。


中は壁画や個人の面影を写したのであろう彫像などが飾られている。

この塔墓は一時期、非常にパルミラで流行ったが、その後、地震で崩れたりしたことから、地下の墓が流行るようになった。




これは地下墓室として有名な3兄弟の墓

杯をもってくつろいだ姿なのは男性である。
ローマ式とペルシャ式の融合した服装をしている。

このような形の彫像は、多くの墓地で見られる。




パルミラ、さすが、である。世界で一番美しい遺跡という賞賛も伊達じゃない。すごいすごい。


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