ボスラ

ボスラはヨルダン国境に近く、地中海と紅海を結ぶ地であり、しかも古代からシリアの穀倉地帯といわれるほど緑豊かであった場所。そのため、古代から栄え、ローマ帝国の時代にはローマのアラビア属州の州都として、イスラムの時代になってからはメッカへの巡礼の街として栄えた。あのムハンマド(マホメット)も、若いころ、ここでキリスト教を学んだことがあり、それが後のイスラム教の萌芽になったとかならなかったとか。


ボスラの遺跡は、黒玄武岩で作られているので、全て黒っぽい。
黒い石の街、である。

もともと、この地方一帯が火山地帯だったから、らしい。
この黒い石が、遺跡を荘厳というか、他にはない趣のあるものにしている。

もっとも見事なのが、ローマ劇場。
2世紀に作られたもの。

このローマ劇場の収容人数について、ある本は5000、ある本は1万5000としている。どっちだ?。

座席部分は、今でも十分座っての観劇が可能だし、なんと座席番号まで残っている。

半円形のオーケストラがローマ劇場の特徴だが、オーケストラ部分だけでなく、約1mの高さの舞台も非常に保存状態がいい。





ローマ劇場を違う角度から。

観客席の最上部には、列柱廊がめぐらされている。

この形のローマ劇場は、ボスラにしか残ってないとか。


それにしても、ここまで保存状態がいいローマ劇場って、なかなかない気がする(わたしは見たことないな)。





舞台上の柱

ここだけ、白い石が使われているのは、お洒落。
黒い建物の中のアクセントになっている。

レリーフも、綺麗に残っている。
かなり保存状態がいい。

上の写真でもわかると思うが、このコリント式の円柱は、舞台の右から左に、ずらりと並んでいる。

舞台の後ろの壁はスケナエ・フロンスというらしい。
3階建てかな、と思われるんだけど、どうも、もともとは、この円柱廊は、2階・3階部分にも、あったみたい。
ところどころ、円柱の下部部分が残っているから・・・。
全て残っていたら、さぞ、壮麗だったろう。





ローマ劇場のあたりは、ちょっとした野外博物館のようになっていて、色々なものが展示されている。

モザイクもいくつか展示されているが、その中で、ちょっと興味深かったのが左。

一番上は駱駝である。
隊商の姿を描いたものか。
下の方はオアシス?かな??

このモザイク、ボスラのどこから発見されたのかが分からないんだけど。

壁を飾っていたのかな。それとも、どこかの通路だったのかな。

でも、まあ、綺麗でしょ。








他に、こんな彫刻も。
顔が残っていないのが残念ですが。

これに限らず、彫刻のほとんどは首を落とされている。
イスラム教徒が首を落としてしまったのか。

偶像崇拝が禁止されているとはいえ・・・。

・・・ねえ。















ローマ劇場の外観。

まったく、ローマ劇場があるとは思えないが、ちょっとしたところから、ローマ劇場観客席最上段の列柱廊がちらりと見える。

ローマ劇場が奇跡的に残ったのは、この外壁のおかげ。
イスラム教徒の時代になってから、ローマ劇場を取り巻く形で要塞が築かれたことで、結果的にローマ劇場が保存されることになったのだそうだ。
この建物の周囲は堀がめぐらされており、十字軍も2回襲撃したものの、落とせなかったとか。


ローマ劇場の他にも、ボスラには列柱通り(左)、ナバタイ人の門・風の門、ローマ風呂・などが残っている。

とはいえ、ローマ劇場に比べると、他は、保存状態はあんまりよくない。

復元も、進んでいるとはいえないし。


ローマ劇場以外は、むしろ、遺跡を利用して暮らしている街の風景の方が楽しいかもしれない。

世界遺産でありながら、遺跡の円柱等を建築資材にして、今のボスラの人々は家を建て、飾り、暮らしている。

もう少し、整備すれば、と思う反面、今後も、民家の玄関や軒先ににローマの遺物を使い続けて欲しいとかも思ってしまう、そんな街である。




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